涙を見せた日は、
弱さを見せた日ではありません。

ある保護者の方が、こんな話をしてくださいました。

「子どもが苦しくなってから、初めて子どもの前で泣いてしまったんです。」

今までは、

親だから。

しっかりしなきゃ。

子どもを不安にさせちゃいけない。

そう思って、ずっと気持ちを抑えてきたそうです。

でも、

心配や不安、

どうしていいか分からない苦しさが積み重なり、

とうとう涙があふれてしまった。

その話を聞きながら、

私は「泣いてしまった」のではなく、

「泣けた」のかもしれないと思いました。

親だって、一人の人です。

悲しい日もある。

苦しい日もある。

涙が出る日もある。

子どもの前で泣いてしまうことを、

「いけないこと」と思わなくてもいいのではないでしょうか。

もちろん、

子どもに感情をぶつけることとは違います。

でも、

親が一人の人として感情を持っていることを、

子どもが知ることも自然なことです。

そして、

涙のあとに、

「心配だったんだ。」

「大好きだからだよ。」

そう伝えられたら、

きっとその涙には意味があります。

親は完璧でなくていい。

いつも笑顔でいなければならないわけでもない。

嬉しいときは笑い、

悲しいときは泣く。

そんな自然な姿を見せられることも、

親子の信頼関係の一つなのだと思います。

涙は弱さではありません。

それだけ子どもを大切に思っている証なのです。


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atsuです。

「学校に行きづらい子」 「自信をなくしている子」 「人との関わりに疲れている子」 「普通に見えるけど苦しい子」 「繊細・感受性の高い子」

そして、 「子供のことで悩んでいる保護者」

これまでの経験の中で感じてきたのは、 「変えようとすること」よりも 「安心できること」の方が 人は自然と動き出す、ということでした。

私自身も、 迷いや体調の波の中で立ち止まりながら、 「どう関わることが本当にその人のためになるのか」 考え続けています。子どもと保護者のための 「回復と成長の場」をつくりたい。

ここでは、子どもと保護者のための 「回復と成長の場」を考えながら、 日々感じたことを書いていこうと思います。

正解を伝える場所ではなく、 少し安心できるような場所になればと思っています。

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